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終物語 第5話。
すでに終わった物語、老倉育の家庭環境について。
以下感想
幸せの過大評価
すでに終わった物語、老倉育の家庭環境について。今現在、中学生時代、そして小学生時代にも、
老倉育と阿良々木さんの間には深い繋がり、因縁があった。
そして老倉はすでに終わってしまった物語を語り始める、
歪んだ環境と鬱屈した感情で彩られた昔話に花を咲かせる。
なんというか・・・、この場にいたのが扇じゃなくて羽川で本当によかった。
今回ばかりはさすがの羽川も、というか羽川こそ、
感情を思いっきり爆発させるんじゃないかとヒヤヒヤしちゃいましたよw
老倉の昔話については、ただただ「運が悪かったね」としか言えない。
羽川という比較対象が存在するため老倉の脆さが強調されちゃってますけど・・・。
羽川は両親との関係を最初から諦観し、老倉は現状をなんとかしようと足掻いた。
両親に対するスタンスの差が両者の顛末を大きく分けた要因だとして、
それについても両親が「義理か肉親か」という環境の違いに依るところでしょう。
もちろん、老倉の阿良々木さんへの恨みつらみは筋違いなのですが、
それでも老倉の中には阿良々木さんのことを憎まずにいられない理由があって、
彼女の境遇とかを考えると致し方ないと十分思える。
しかし結局は老倉のそういう一面、過剰な卑屈さと羨望の眼差しこそが、
老倉自身を延々と苦しめ続けているわけなんですよね。
だから阿良々木さんの「幸せの過大評価」説は老倉にとっての救いになると思う。
自らの不幸を「よくあること」と思い込むことができるのであれば、
阿良々木さんの幸運だってきっと「大したものじゃない」だと考えられるはずです。
しかし、その阿良々木さんの言葉は果たしてどこまで伝わっているのか・・・。
確かに、親は子供を選べないですし、もちろん子供だって親を選べない。
だけど老倉は現在一人で生きているわけで、もう親に囚われる必要なんてない。
老倉のこれからの人生に、いなくなった母親と阿良々木暦は関わらないほうがいい。
もしや老倉はそのことを理解した上で二人に実現不可な要求をふっかけたのかも。まとめ
てなわけで今回は老倉のヘビーな家庭環境が明かされた回。
声優さんの熱演もあって独り語りながらものすごく引き込まれる一話でしたが、
内容が内容なだけに観ているこっちの気も狂いそうになりましたw
まぁ他人の不幸自慢なんて聞いてても気分がいいものではない。
そして誰が一番不幸かなんて考えることにも意味はありませんね。
で、今回たっぷりと膿を吐き出した老倉にこの先救いが待っているのか。
老倉のいなくなった母親、そしてもはや脳障害レベルの阿良々木さんの記憶欠如と、
まだこのエピソードには見逃せない謎が残されていますね。
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