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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語

カラフル(期間生産限定アニメ盤)

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
を観てきたので、その感想です。
今回は結末についての感想がメインとなっているので、
当然ながらネタバレ注意です。

※11/6 追記

理への叛逆

暁美ほむらは魔女を超え、悪魔となる。

ほむらが「円環の理」=まどかそのものをぶっ壊すという衝撃の結末。
観終わった直後はそりゃもう驚きで頭がいっぱいだったのですが、
後々冷静になって考えてみるとあの結末は必然、
というかむしろあれ以外はありえないだろうってカンジですね。
以下、展開を整理しつつ、ほむらについて考えたことをまとめていきます。

まずは肝心要、ほむらがあのような行為に至った動機について。
これはまぁ「『まどかを非情な運命から救う』という原初の願い」でしょう。
本人曰くこれは「愛」によるものらしいのですが、
個人的には「愛憎入り混じり」と称すのが相応しいと考えています。

今作の最重要設定であり、まどかの願いである「円環の理」
一見「すべての魔法少女を救済する」素晴らしい願いであるのですが、
このシステムにはTV放送時には見落としていた大きな欠点がありますね。
「『まどかを救う』というほむらの願いは永遠に叶うことがない」
すなわち、まどかが創りあげた世界ではほむらには「絶望」しか残されていない。
誰よりもまどかのことを思っていたにも関わらず、です。
いくらまどかを愛しているとはいっても、
この状況を果たして恨まずにいられるものなのでしょうか?

当然、それでもまどかの願いを受け入れたほむらの末路は、
ソウルジェムに穢れ=呪いを溜め込み魔女化寸前へ。
その後の魔女の結界内でのほむらの最初の様子から、
おそらくほむらは孤独な戦いを永く続けたことで精神的にすり減り、
もはや自分が何のために何と戦っていたのかさえ忘れてしまったのでしょう。

ほむらがこの状態であったなら問題なく「円環の理」に導かれ、
彼女の人生はある意味ではハッピーエンドとなっていたはず。
(私自身劇場版を観るまでそういう結末だと疑いもしてなかったですし)
しかしみんなだいすきインキュベーターさんが本当に余計なことをしくさった。
ほむらは結界内でまどかと再会し、自身の願いを取り戻してしまったと。
なんだかんだでやっぱりキュゥべえこそがすべての元凶ですよねぇ。

魔女化寸前まで穢れを溜め込んだ状態で願いを取り戻した。
それ以前からまどかを救うためなら嫌われ役さえいとわないほむらが、
まどかと敵対する可能性がある程度で行動をためらうわけがありません。
元々まどかの強大な因果はほむらの時間遡行によるものだったわけですし、
ほむらがまどかの力の一端を奪い取れたこともなんとなく納得できます。
行動の善悪については・・・現段階じゃまだよくわかりません。
ただ理そのものを変えてしまう偉業なので、
善悪の議論をしようとすること自体バカげた話なのかも。

最後に、おそらく巷で議論の焦点となっているであろう、
「ほむらがまどか本人の願いを踏みにじったことについて」
私もほむらの願いはただのひとりよがりだと思いますよ。
「お前が救いたいまどかは一体どのまどかなんだよ?」
と聞いてみたいところですし。

でも、人間の願いなんてどれもこれもひとりよがりなものでしょう?
誰かのための願いが当の本人にはありがた迷惑だった例(杏子)もありましたし、
そもそもまどかのほうこそ先にほむらの願いを踏みにじっていた。
別にまどかの願いがよろしくなかったと言いたいわけではないですよ。
2人のやったことは結局のところ似たり寄ったりで、
残念なことに2人の願いは根本的に相容れなかっただけだと言いたいんです。


ひとりよがりな願いを胸に、永い時を孤独に戦い続け、心を擦り切らしていく。
今回のほむらの行動はこれまでと何一つ変わらず、
そしておそらくそれはこの先も変わらないでしょうね。
このどうしようもなく弱くて痛々しい有り様こそが私の大好きなほむほむ。
むしろ悪魔化によって一皮向けてますます私好みなキャラになってくれました!

まとめ

てなわけで随分と長たらしくなってきたのでそろそろまとめ。
私が感じた今作のテーマは「優しさが誰かを救ってくれるとは限らない」
希望の分だけまた絶望も訪れる、まどマギらしさが全開の素晴らしい劇場版でした!
いつかこの続きを観れる日が来ることを楽しみにしています。

このままではほむらの悪魔化の話だけで記事が終わってしまうので、
最後の最後にそれ以外の感想を箇条書きで羅列しておきます。

・ほむらvsマミさんはめっちゃカッコよかったです。
この2人の戦闘シーンはホント見応えあるよねぇ。

・さやかと杏子の共闘シーンは夢にまで観た光景でした。
にしてもさやかは随分と出世しましたよねぇ。

・あぁ、出世といえば「お菓子の魔女」ですね。
マミさんとのペア設定にはなんとなく悪意を感じますけどw

・キュゥべえざまぁwwwww

追記

この記事にいただいた2件のコメントを機に、
再び「まどかとほむらの願いの違い」について考えたことがあるので追記します。

記事で書いたようにまどかの願いとほむらの願いは根本は同じなのですが、
これには「まどかとほむらの2人にのみ焦点を当てた場合には」
という注訳をつけるべきであるかもと改めて考えました。
てなわけで、劇中でのキュゥべえとさやかの反応を中心に、
双方の違いを2つほど挙げていきます。

一つ目は「願いの対象が魔法少女全体か、ただの一個人か」です。
当たり前ですが前者がまどかで後者がほむらです。
で、これがキュゥべえの双方の願いに対する反応の違いの原因でしょう。
具体的には、まどかの願いは「大多数に対する献身」であるため、
宇宙全体の存続のみを目的とするキュゥべえにもまだ理解ができた。
逆に一個人のためだけに大多数をないがしろにするほむらの願いについては、
「個」という概念が存在しないキュゥべえには到底理解し難いものであったと。

二つ目は「魔法少女という存在を肯定しているか否か」です。
まどかの「円環の理」は魔法少女が願いの代償として戦い続けることを肯定し、
満足いくまで戦い終えたら後悔しはじめる前にさっさと逝きなさいというものです。
この願いのいい一面は「奇跡を願う魔法少女たちの意志を尊重している」
逆に悪い一面は「『死』か『魔女化』じゃ結末としては大して変わらなくね?」
一方ほむらはTV放送時からまどかの魔法少女化の阻止に努めており、
劇中でもまどかの意志を踏みにじって日常生活へと引きずり落としました。

で、この二つ目の願いの違いをモロに受けたのがさやかであり、
今さらながら劇中での彼女の反応は非常に考えさせられるなぁと思った次第です。
TV放送最終話でのさやかは、死の直前願いを全うできたことに涙し、
そして劇中、何もかも忘れただの人間として上条くんに再会できたことにも涙した。
ほむらの願いの完全なオマケとして蘇り、大切な願いまでも奪われてしまったのに、
それはそれでまた違った形の幸せに辿りつけたというのはなんとも皮肉な話です。
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[ 2448 ] Re: 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
僕も同じ印象を受けました。
ほむらはテレビ最終回で、まどかがしたことやり返しただけすね。
一見すると真逆のようで根本は同じ。
まどかは自分以外のすべての魔法少女のためにほむらの願い踏みにじり、、ほむらはまどかのために(もしくは自分の愛のために)まどかの願いを踏みにじった。
元々ほむらは、まどかを救うために時間逆行なんて世の摂理に逆らうことを繰り返してきましたし、仰る通りあの結末は必然ですね。

ほむらの愛に動揺するキュウベエの姿は痛快でしたw まどかがテレビ最終回で神になることを選んだ時も驚いてましたが、今回のキュウベエは初めて「恐怖」という感情を知ったのではないかと思えます。 
多分、「個」の概念がないインキュベーターには「愛」という感情自体が理解どころか想像さえできないもので、完全なる「未知」にはさすがのインキュベーターも「恐怖」を感じたのではないでしょうか。
[ 2013/10/31 19:32 ]
[ 2450 ] Re: 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
確かにノーマル状態の時でさえ、まどかを悲しませないために、さやかが魔女になる前に殺そうとする(第8話)くらいでしたしね、
ましてまどかのいない世界、誰もまどかを覚えてない世界で絶望をため込み、さらに結界内で記憶を失ったまどかの本音(あくまで記憶を失った状態のまどかの本音ですけど)を聞いたので、あの暴走は仕方ないように思えますね。

ほむらの行いを劇中で責めるのが、さやかだけというのも皮肉な話ですね。 さやかにしても、結果的にほむらのおかげで上条や仁美と再会できましたし。 
しかも、さやかは結界内の世界で、「例え作られた世界だろうと、誰も傷つかないこの世界を本当に消すべきなのか」という問いかけをほむらにしてしまってるんですよね。
あのほむらに再構築された世界は、今ところは(インキュベーター以外)誰も傷ついてないし、むしろみんな幸せですからね。 さやかも皮肉な問いかけをしてしまったもんです。

[ 2013/11/03 00:00 ]
[ 2463 ] Re: 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
まどかを人間に戻す計画は以前から思いついていたが、その時はまどかの意思を尊重して計画を心の底に封じ込めていた。 
しかし、結界内の世界でまどかの「本音」を聞いてしまったことで計画を実行に移す気になった、というのはどうでしょう?
これでほむらの冒頭のモノローグや結界内の世界でのまどかの概念化を尊重するセリフ、まどかの「本音」を聞いた時の絶望と後悔、まどかを捕まえる時の「この時を待っていた」という以前から計画していたようなセリフ、すべてが矛盾なく繋がると思います。
序盤の記憶喪失は、完全な魔女になっていない状態であんな大規模な結界を張った後遺症じゃないでしょうか。

それとパンフによると、あの結界内の世界は、ほむらが無意識に望んでいた世界でもあったそうです。
まどかや仲間たちとああいう楽しい魔法少女をやるのがほむらのまどかを失う以前の無意識の願望だったみたいです。 
それを完全に捨てて、今回の叛逆を選んだということですね。
[ 2013/11/21 22:58 ]
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